2007年07月14日

はじめに

 歴史が好きで、特に日本の戦国時代が好きでいろいろな本を読み漁っておりました。そんな本の中でも、「おおっ、これは!」と思うものもあり、「買って損した」と思うものもあり、様々です。
 そんな本の中から、「歴史研究の役にたった」とか「おもしろかった」ものなどをピックアップして皆様にお伝えしてゆこうと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 何せこのご時世ですから、需要の少ない歴史の本などは、すばらしい本が出てもすぐに廃刊、気付いた時には二度と手に入らないなどと言う事が往々に起こります。そんなことが、少しでもなくなるように。また決して安くもない本を買う際の参考にしていただければと思っております。
 まずは、遅ればせながらですが、本年の大河ドラマの主人公山本勘助(山本勘介)の関連書籍からはじめたいと思います。
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2007年09月14日

『中世のなかに生まれた近世』山室恭子

 1991年の出版であり、既に高い評価を得ているので、いまさら御紹介するのもためらわれますが、今回は、
   山室恭子著『中世のなかに生まれた近世』吉川弘文館
です。
 先日、鴨川達夫著『武田信玄と勝頼』についてご紹介した際に、武田氏の(発給)文書について言及しました。本書はその発給文書についての本です。
 『武田信玄と勝頼』においては、発給文書を書状系と証文系に別けておりましたが、本書では、判物(花押(サイン)が書いてある文書)と印判状(印章が押されている文書)に別けております。
 そして、歴史的には判物(厚礼な書式)から印判状(薄礼の書式)へ徐々にシフトしていったのです。
 本書では、この判物から印判状への流れを、日本各地の戦国大名、そして三人の天下人について分析しておりますが、圧巻は何といっても織田信長です。
 他の戦国大名においては、判物から印判状への変更は非常に緩やかでした。これは、この変更が相手に対する礼儀の軽重に関わるため、緩やかな変更にならざるを得なかったわけです。
 つまり、当主が自ら花押(サイン)を書いたもの(判物)と、ただ印鑑(印章)を押したもの(印判状)では、当然花押を書いた文書の方が丁寧なわけです。そして相手(家臣)と主君の地位が大きく開いていなければ、印判状を与えるような尊大な態度はとる事ができなかったのです。そこで、通常は、当主の地位が時間をかけて向上するのに合せて、発給文書の印判状化が徐々に進んでいきました。
 ところが、信長の場合は違います。非常に短期間、かつ徹底的にこれを断行してしまいます。これをどう見るか、色々な見方ができるかと思いますが、やはり私は、信長の権力の強さ(家臣に対する隔絶した力)を見てしまいます。
 いずれにせよ、信長と他の大名との違いよりも類似性が指摘(例えば、楽市楽座政策にしても、楽市令は信長以前仁六角氏が近江石寺に発していますし、楽座令も、他方では既存の座特権のほとんどが追認・保護されております)されることが多い中で、これほど信長と他の大名の違いが明確であるものは少ないのではないでしょうか?
 本書の内容は以上のようになりますが、石高やそれに基づく兵の動員数などを別とすれば、戦国大名の特徴を初めて数値的に明らかにした著作と言えます。その意味で本書は、画期的な歴史書であると言えると思います。
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2007年09月18日

『戦国期印章・印判状の研究』有光有學編

 先日御紹介しました山室恭子著『中世のなかに生まれた近世』は確かに名著ですが、出版が1991年であり、その10年以上たってしまっております。よってその後の研究状況がどうなったのか、知りたくなってしまいます。
 そこでその飢えを癒してくれるのが、本書でしょう。
   有光有學編『戦国期印章・印判状の研究』岩田書院
 この本は、それぞれ著者の違う論文集であるので、統一感はありませんが、それでもほぼ地域的には全国をほぼ網羅し、時代も鎌倉時代から江戸時代まで言及されているので、このテーマにおける現時点での総括といえる内容となっています。
 さて、前述の『中世のなかに生まれた近世』との比較で言えば、有光有學氏が「今川氏の印章・印判状」の中で、次のように批判しています。
 @今川氏の発給文書は、『中世のなかに生まれた近世』で調査された文書が800点余りであるのに対し、現在は1200点余りが知られており、数的には5割方増えている。この相違は数だけに止まらず、質的にも変化しており、前者では寺社宛の比率が高かったが、家臣宛の文書の比率が高くなってきている。
 A山中氏が統計的手法により可能な限り全体像を把握しようとしたのに対し、やはり文書一つ一つを分析する必要がある。
 B山中氏が、文書の内容を分類しているが、その分類の仕方は再検討する必要がある。
 A、Bについては見解が分かれるところだと思いますが、Bの再検討の必要性についてはその通りだと思います。
 さて、その他の論文について、いくつか述べますと、まず、平山優氏が「戦国大名武田氏の印章・印判状」で武田氏の発給文書について概説しております。『武田信玄と勝頼』で触れました竜朱印や晴信朱印などについても初見、使用状況などが解説されており、同書で興味を持った方は併読をお勧めします。
 また、『中世のなかに生まれた近世』で全く触れられていなかった四国の状況を、川岡勉氏が「四国における印章・印判状」で説明しています。
 以上、値段が高め(8900円(税別))ですが、発行600部だそうで、興味のある方は早期の購入をお勧めします。
タグ:戦国時代
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2007年10月07日

『戦国三好一族』今谷明

 今回紹介する本は
  今谷明『戦国三好一族』洋泉社MC新書
です。
 この本の原本は1985年に刊行ですから、20年以上前の本ですので、最新の研究と比べると古さを感じさせる点が多々あると思いますが、それでも畿内の戦国史を概観する上で、最も手ごろなものと言えるのではないでしょうか。
 内容は室町幕府という旧権力と、三好氏(特に長慶)という新権力のせめぎ合いが描かれております。結局、三好氏は室町幕府体制を崩すことが出来ずに終わる訳ですが、著者は、「百歩譲って、信長以前の畿内政権という面からだけを見ても、幕府権力を形骸化し、信長が試行錯誤をした同じ過程を、数十年前に行った意義は決して小さくない」と高い評価をあたえています。
 このような高い評価をあたえている一方、要所で織田信長との比較を行っているところは、非常に興味深いところです。「一切を冷酷に押し切った信長の割り切り方をできなかった長慶の悲劇があったのだ」という言葉にすべてが表わされておりますが、悪く言えば優柔不断、良く言えば人格者であった長慶の性格が、新時代を開かせる可能性を消してしまったと、厳しい評価も与えているのです。このあたりは、三好氏に興味のある人だけでなく、信長のファンにも是非読んで欲しいところです。
 さて、余談ですが私はこの本を読んで、初めて松永久秀をカッコイイと感じました。永禄4年(1561)から5年にかけて、六角義賢・細川晴元・畠山高政らに攻められ、長慶は飯盛城に籠城を余儀なくされてしまいます。久秀は、その長慶を救い、最後は天下分け目の教興寺の戦いで勝利を呼び込みます。これだけでも久秀は英雄と言えるのではないでしょうか。
 以上、畿内の政治史は門外漢のため、ただの読書感想文になってしまいました。
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2007年11月02日

『棟札の研究』水藤真

 今回紹介する本は、
   水藤真『棟札の研究』思文閣出版
です。
 本書は、題名の如く「棟札」に関する本なのですが、「よくもまぁこんな内容の本が一般書で出版されたなぁ〜」っていう感じです。値段も3800円(税別)ですから、高価という程でもありません。
 とはいえ、棟札は『戦国遺文』を初めとする古文書集にも数多く掲載されておりますが、一般の古文書と違い解説書等も少なく、その意味でこの本は最良の一冊と呼べるのではないでしょうか(とはいえ、参考文献を見ますと棟札関係の文献が意外に多いのには驚かされます)。
 内容は、棟札が作られる状況、歴史的変遷、様式、書かれている内容、保管状況、数枚のセットの棟札など、多角的に考察されています。特に様式論などについては、全くバラバラという訳ではないものの、作られた事情や地域的な差異などにより、多種多様で様式的・内容的な分類がしずらい棟札の特徴が数多くの例によって解説されております。
 ただ、棟札に書かれた文言の内容については言及が少なく、著者自身も『棟札用字用語辞典』の作成が望まれるとしているように、この本を読んだからと言って、棟札に書かれている内容が全てわかるというものではありません。あくまで棟札の多様性やその資料的な価値が理解できる文献といった方が良い内容と言えます。
タグ:棟札
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2007年12月03日

『松永久秀の真実』藤岡周三

 今回紹介する本は、
   藤岡周三『松永久秀の真実』文芸社
です。
 本書のテーマは、松永久秀=「悪人」のイメージを払拭し、さらに織田信長=「新時代」の魁としての人物像を提出することです。
 現行では小説を除けば、松永久秀の単行本は本書しかなく、また叙述も平易なので、松永久秀の概説としては良いのかもしれません。
 しかしながら、著者も「古文書に目が届きかねているところが少なくない」と述懐しておりますが、一次史料を利用した新知見などはなく、その意味ではもの足りない人も多いのではないでしょうか。
 さらに、内容のほぼ半分は久秀以外の事に費やされ、久秀の叙述が一段落した後に、細川氏、三好氏、足利幕府などの通史がそれぞれ叙述されるので、時間的な流れが行きつ戻りつします。
 私にはこれが非常に煩瑣で読みづらかったです。これでしたら、畿内政治史として一通り時系列順に叙述し、その後、久秀の事蹟についてはトピックス的にまとめた方がずっと読みやすかったような気がします。
 また、この時代は、足利氏、細川氏などが一族内で合い争う複雑な人間関係を理解しなければならないのですから、初心者向けの本であるならば、人間関係の関係図くらいはいれないと不親切であるように思えます。
タグ:松永久秀
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2008年01月13日

『落日の室町幕府』水藤真

 今回はひきつづき京都戦国史関連で、
   水藤真『落日の室町幕府』吉川弘文館
です。先日紹介した『棟札の研究』と同一の著者になります。
 副題に「蜷川親俊日記を読む」とある通り、室町幕府の政所執事伊勢貞孝の家臣であり、政所代を務めた蜷川親俊の記した日記を読むというのが主題です。
この本の印象は大学の講義録といった感じでしょうか。私たちの多くが関心を持つような畿内政治史の大きな出来事について特筆して叙述するのではなく、この史料の特徴(実際にどのような事柄がどの程度(何回)述べられているのか)といったことが解説されています。
ところで、私は『親俊日記』の原文を見た事がないのですが、本書では、年間行事や催し物についての記述で一章を割き、その他は登場人物の解説や時代背景の記載なのですから、この史料のおおよその性格が察せられます。
特に著者は、木沢長政の戦死についての叙述を例にあげ、「ところがその記述は『親俊日記』や『大館常興日記』よりも公家の『言継卿記』の方が詳しいのである。(中略)全く不可解と感じるのだが、それは常興にしても親俊にしても、もはやこれら畿内の情勢に主体的には関わり得ないそういう立場の反映ではないかと思う」と述べております。これが室町幕府の重職である政所代の日記なのですから、驚きです。この頃には政所も政所代も形骸化していたことの現われなのでしょう。
そう言った意味で本書の書名である『落日の室町幕府』から、室町幕府最末期の政治状況が詳述されていると思って購入された方はいささか期待外れかもしれません。本書ではあくまでこの時代に生きた一個人が“自身に関わりのあること”を記述した史料についての解説です。
ところで、本書では前述したようにこの時代の時代背景について概説されているのですが、これは便利でした。近年の機内戦国史の研究状況が平易に記載されています(ここでもその“たたき台”となっているのは今谷明氏の著書(『室町幕府解体過程の研究』、『戦国期の室町幕府』)です!!)。これは一読の価値があると思います。
結局、『親俊日記』という史料の性格上、ダイナミックな内容ではありませんが、史料への基本的なアプローチの方法として読めば、たいへん勉強になる本です。
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2008年01月21日

『日本中世の謎に挑む』今谷明

今回は
   今谷明『日本中世の謎に挑む』NTT出版
です。
 先日紹介しました今谷氏の著書『京都・一五四七年』で本書が触れられていたので、読んでみました。
 書名は『日本中世の謎に挑む』となっていますが、「中世の謎を解明してゆく」といった内容ではなく、今谷氏の半生記といったもので、氏の学者としての経歴や学問の遍歴について語っています。言ってみれば、「今谷氏がどのように中世の謎に挑んできたか」という内容です。
 『京都・一五四七年』を初めとして、今谷氏の主要著作についての著者自身の思い入れや本意などが叙述されていますが、学問的な叙述はあまりありません。各著作についての今谷氏の最新研究成果でも乗っていれば面白かったと思うのですが、そのようなこともあまりなく、歴史書として読むといささか期待外れになってしまうのではないでしょうか。
 とはいえ、一人の歴史家がどのように誕生したのか、という内容ですので、これから歴史の専門家になられる方が読まれれば、参考になったり、勇気づけられるのではないでしょうか。
 ただし、今谷氏自身が「私の歩みが歴史学会の主流と受け取られては非常に困る」と述べているように、今谷氏の経歴は経済学部を卒業、一度は官僚となりながら、紆余曲折を経て歴史学者となったという特殊事例です。よって、学者を目指すための一般的な指針とするのは難しいとは思います。
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2008年02月03日

『わたしの東濃戦国史』小林保一

今回は、
   小林保一『わたしの東濃戦国史』新人物往来社
です。
美濃国の東端は飛騨国や信州木曽地域とつながり、その関係が無視できない地域であることから、本書によって新知見が得られるのではないかと思って期待して読んで見ました。
ところが、ネットで購入し中身を確認しなかったため、残念ながら私の想像とは異なる内容でした。
著者自身が前置きしているので、細かな事実の誤りはともかく、東濃の戦国時代を元亀三年(1572)の武田信玄の西上からと規定しているので、それ以前の叙述がほとんどありません。私としては、よく知られたこの時期よりもそれ以前の歴史に興味があったので、非常に残念です。
とはいえ、著者は本書の執筆目的を「歴史の本には、むずかしい語や言葉が出てくるが、わたしは一般大衆や子供でも読めるように、むずかしい表現はなるべくしないで易しい言葉を用いるように心掛ける」と述べているように、歴史を平易に語るという趣旨は達成されていると思いますので、この地域を地縁などがある人の歴史入門書としては最適なのではないでしょうか。
余談になりますが、岩村城の女城主・修理夫人(遠山景任室)は織田信長の叔母ではなく、濃姫であるとする説があるようで(小野稔著『新女城主』)、これは初耳でした。
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2008年02月23日

『佐々木六角氏の系譜−系譜学の試み』佐々木哲

今回は、
   佐々木哲『佐々木六角氏の系譜−系譜学の試み』思文閣出版
です。
 本書では、宇多天皇から始まる六角氏の歴代の事跡を一人ずつ解説しています。
 まぎらわしい名前が多く、読むのにかなり集中力がいるかと思いますが、藤原道長、源頼朝、足利尊氏らその時代時代の主役達と深く関わった佐々木(六角)氏の軌跡は本当に興味深いものです。
 六角氏については類書がないのではないのでしょうか? 戦国時代に限って言っても、近年は管領代に任ぜられた六角定頼と足利政権との関係が注目されるなど、この時代の研究に欠かせない一族ですので、本書は貴重だと思います。

 では、本書のなかで興味深かった所を2、3点申し上げます。
 まずは、以前より指摘されて来たことでもありますが、一般に言われているように六角氏の当主が、定頼→義賢→義治と続いてきたのではなく、義久→義秀→義堯…と連なる本家ともいうべき別の系譜があったことを詳細に解き明かしております。
 次に、六角氏と織田信長の関係です。従来、戦国末の六角氏の状況は、ほとんど織田信長側の視点で語られてきましたが、本書では当然六角氏側からの視点で述べられています。そのため、織田氏対浅井・朝倉氏という視点で見られてきた状況が、実は足利・織田連合軍対六角・浅井・朝倉連合軍の戦いであったということ、さらに、姉川の戦いにおける勝敗について、浅井・朝倉氏側が勝利したと指摘しています(浅井・朝倉側を勝利者(または引き分け)とする説は、先行する論考があります)。
 さらに、最も興味深かったのは朝倉義景を「六角氏綱の孫」としている点です。私は恥ずかしながら初めて知りました。この説は決定的とまでは言えないと思いますが、@「『朝倉家録』所収の「朝倉家之系図」で、義景が六角氏綱の子息という異説を載せていること、A義景の近辺に六角氏被官山内・河端・九里・杉若氏らが見えること、B義景が2種の花押(その内一種は六角氏様)の花押を使い分けていることが挙げられており、無視できない状況証拠といえると思います。
 ちなみに、同じ著者が執筆している『戦国大名閨閥事典 第二巻』では浅井久政を「六角佐々木氏系図略」及び「浅井日記」を根拠とし、「六角氏庶子か」としています。

 以上、本書の概要について述べてきましたが、この著者は最近、本書の続編とも言うべき『系譜伝承論−佐々木六角氏系図の研究』を発刊されていますので、次回はこの本をレポートしようと思います。
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