2008年01月12日

『謎解き洛中洛外図』黒田日出男@の追記

 前回、洛中洛外図関係は最後にすると書いたのですが、その後、阿部哲人氏の「上杉本洛中洛外図屏風―景観・制作をめぐって―」(『日本歴史』700号)という論文(2006年9月の刊行ですから、この屏風のまとまった論考としては一番新しいものかと思います)を見つけましたので、これについて若干触れたいと思います。
 なお、以下の内容は黒田氏の著書についてですので、過去の私の記事(『謎解き洛中洛外図』黒田日出男@)を参照の上お読み下さい)。
 この論文の内容は、同屏風の研究史の概説となっており、黒田氏の著書とかぶりますが、黒田氏の著書より後に刊行されたため、氏の説も相対化しております。
 具体的には、「『上杉年譜』も『謙信公御書集』も、やはり近世における編纂物であるため、より確実な史料による裏付けが必要である」ことは黒田氏自身も認めていることを指摘し、さらに「信長贈与説も『上杉年譜』や『謙信公御書集』に先行する軍記に記載されているのである。これらの史書が軍書に基づいた可能性をまったく排除することはできない。あえていえば、軍書作者の創作の可能性すらある」と述べておられます。
 また、本屏風の発注者について、宮島新一氏の説(『画壇統一にかける夢』今谷明・宮島新一共著:文英堂)を引き、「発注者が義輝であるとすれば、その死後は制作が放棄された可能性を指摘して義輝発注説を否定し、同年の狩野松栄・永徳父子による大徳寺聚光院の襖絵制作からこのころ自由に永徳を使える人物として三好義継を発注者に挙げている」と紹介しています。
 以上、これを見ても黒田氏の説が必ずしも定説ではないことがご理解いただけると思います。
posted by 天王寺屋 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 洛中洛外図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

『落日の室町幕府』水藤真

 今回はひきつづき京都戦国史関連で、
   水藤真『落日の室町幕府』吉川弘文館
です。先日紹介した『棟札の研究』と同一の著者になります。
 副題に「蜷川親俊日記を読む」とある通り、室町幕府の政所執事伊勢貞孝の家臣であり、政所代を務めた蜷川親俊の記した日記を読むというのが主題です。
この本の印象は大学の講義録といった感じでしょうか。私たちの多くが関心を持つような畿内政治史の大きな出来事について特筆して叙述するのではなく、この史料の特徴(実際にどのような事柄がどの程度(何回)述べられているのか)といったことが解説されています。
ところで、私は『親俊日記』の原文を見た事がないのですが、本書では、年間行事や催し物についての記述で一章を割き、その他は登場人物の解説や時代背景の記載なのですから、この史料のおおよその性格が察せられます。
特に著者は、木沢長政の戦死についての叙述を例にあげ、「ところがその記述は『親俊日記』や『大館常興日記』よりも公家の『言継卿記』の方が詳しいのである。(中略)全く不可解と感じるのだが、それは常興にしても親俊にしても、もはやこれら畿内の情勢に主体的には関わり得ないそういう立場の反映ではないかと思う」と述べております。これが室町幕府の重職である政所代の日記なのですから、驚きです。この頃には政所も政所代も形骸化していたことの現われなのでしょう。
そう言った意味で本書の書名である『落日の室町幕府』から、室町幕府最末期の政治状況が詳述されていると思って購入された方はいささか期待外れかもしれません。本書ではあくまでこの時代に生きた一個人が“自身に関わりのあること”を記述した史料についての解説です。
ところで、本書では前述したようにこの時代の時代背景について概説されているのですが、これは便利でした。近年の機内戦国史の研究状況が平易に記載されています(ここでもその“たたき台”となっているのは今谷明氏の著書(『室町幕府解体過程の研究』、『戦国期の室町幕府』)です!!)。これは一読の価値があると思います。
結局、『親俊日記』という史料の性格上、ダイナミックな内容ではありませんが、史料への基本的なアプローチの方法として読めば、たいへん勉強になる本です。
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2008年01月21日

『日本中世の謎に挑む』今谷明

今回は
   今谷明『日本中世の謎に挑む』NTT出版
です。
 先日紹介しました今谷氏の著書『京都・一五四七年』で本書が触れられていたので、読んでみました。
 書名は『日本中世の謎に挑む』となっていますが、「中世の謎を解明してゆく」といった内容ではなく、今谷氏の半生記といったもので、氏の学者としての経歴や学問の遍歴について語っています。言ってみれば、「今谷氏がどのように中世の謎に挑んできたか」という内容です。
 『京都・一五四七年』を初めとして、今谷氏の主要著作についての著者自身の思い入れや本意などが叙述されていますが、学問的な叙述はあまりありません。各著作についての今谷氏の最新研究成果でも乗っていれば面白かったと思うのですが、そのようなこともあまりなく、歴史書として読むといささか期待外れになってしまうのではないでしょうか。
 とはいえ、一人の歴史家がどのように誕生したのか、という内容ですので、これから歴史の専門家になられる方が読まれれば、参考になったり、勇気づけられるのではないでしょうか。
 ただし、今谷氏自身が「私の歩みが歴史学会の主流と受け取られては非常に困る」と述べているように、今谷氏の経歴は経済学部を卒業、一度は官僚となりながら、紆余曲折を経て歴史学者となったという特殊事例です。よって、学者を目指すための一般的な指針とするのは難しいとは思います。
posted by 天王寺屋 at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする