2009年04月13日

笹本正治『武田信玄と松本平』

 今回紹介するのは
   笹本正治『武田信玄と松本平』一草舎
です。
 「松本平」と銘打っていますが、木曽地域の国人(木曽氏、奈良井氏、三村氏)についてもかなりのページを割いております。著者は、『武田氏研究』(第5号)や『信濃』(42巻3号・42巻8号)に木曽氏について、同じ『武田氏研究』(第6号)や『楢川村誌』に奈良井氏について記述していますので、ある意味著者の研究の概説的な内容となっているように思います(以前紹介した『戦国時代の諏訪信仰』の内容も一部記載されています)。
 ただし、前述の木曽氏についての論考では記述されていなかった木曽氏の新出文書についても、触れられております。ちなみに私はこの項があったので本書を購入しました。
 また、小笠原長時についての発給文書5点(しかない!)について解説が加えられているのは、私にとっては新知見でしたので興味深かったです。
 それから、本文の最後に武田勝頼の訴訟についての一つのエピソードが記述されております。勝頼の有能、無能がよく議論されますが、このエピソードも勝頼の評価を語る上で、欠かすことのできないものという気がします。
 本書は『市民タイムス』という新聞に掲載したものを、再編集したものということで、古文書はすべて書き下し文に改めるなど読みやすくなっております。肩肘張らずに読むことが出来るので、電車の中で読むのにぴったりでした(大きさが新書版ならなお良かったですが)。
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2009年03月09日

『フロイスの見た戦国日本』川崎桃太

 今回紹介するのは
   川崎桃太『フロイスの見た戦国日本』中公文庫
です。
 これも買ってから、「読むのはいつでもいいや」と思って、ずっとそのままにしてありました。
 内容は、本当にフロイスの『日本史』のダイジェストです。だから、『日本史』を全巻読むのを躊躇している私のようなものぐさ者には、ぴったりの本です。フロイスの観察眼や文才に、あらためて感心しました。
 ただ、時折垣間見られ、また、最終盤にこってり聞かされる、著者のキリスト教に対する偏愛は、多少鼻白む思いがします。
タグ:フロイス
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2009年03月05日

『中世武士の城』齋藤慎一

 今回紹介するのは
   齋藤慎一 歴史文化ライブラリー218
   『中世武士の城』吉川弘文館
です。
 「2006年10月1日発行かぁ。これも買ってからずいぶん読まなかったなぁ。」
 なぜ読まなかったかと言えば、「中世の城の本なんかどうせ縄張り論が中心の本なんだろうなぁ〜」って高をくくっていたせいです。
 でも、これを読んで私の知識のなさに恥じいった次第です。
 「『鎌倉時代に初めて築城されて以来ずっと』という解説を説明看板などでよく目にする。郷土の武士を讃える意図を込めて、郷土においての不動の地位を表現するかのような説明である。しかしこのように解説される城館は戦国時代に使用されている城館であって、鎌倉時代以来と付すことは間違いであることが多い」という著者の指摘に私は愕然としました。
 さすがに、「鎌倉時代からずっと」とは私も思いませんが、南北朝、室町期に築城された城の一部はそのまま戦国、近世まで利用されているものだと思っておりました。
 しかし、著者は、
 「一五世紀中頃以前においては、『城郭』は戦乱に際して臨時に築かれるものであり、恒常的に維持されるものではなかった。許容された『城』以外の戦争を目的とした『城郭』の存在は忌避されるものであり、本来は存在してはならないと観念されていたのだった」ということを、実例をあげ論証してしまいました。
 なお、ここでは「城」と「城郭」を別の概念として使っております。つまり、「城」は平安城や鎌倉城などとも書かれる京都や鎌倉などのこと、「城郭」がいわゆる「要害」など私たちが普通にイメージする城のことです。
 また逆に、中世初期の武士の本拠は、私たちがイメージするような城郭ではなく、むしろ貴族の邸宅に近いものであったとし、さらにその空間設計プランにまで言及しております。
 以上の点だけでも私には全くの新知見であり、興味深いものでした。私のように縄張り論以外の中世の城郭論について読んだことがない方には、一読して損はないと思っております。
 ただ、武家の館と宗教について述べているあたりは、一般の読者には冗長に感じられるのではないかと思います。
 そして、著者もプロローグで述べている「方形居館を中世初頭に遡らせることができるかどうか」という問題がありますが、残念ながら、この書籍ではこの問題が棚上げされてしまっております。ただ著者は「この点についてはひとつの見通しを得ているが、今少し事例を追求してみたい」と述べておりますので、今後の著作に期待しましょう。

付記)
 ところで、この著者は特に中世城郭の専門家ではないのですね。中公新書の『戦国時代の終焉』を書いた人かぁと思ったら、なんか意外な感じがしました。

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2009年01月11日

『封建性の文明史観』今谷明

 今回紹介するのは
   今谷明『封建制の文明史観 近代化をもたらした歴史の遺産』PHP新書
です。
 このブログでも何度も紹介している今谷氏の近著ですが、残念ながら私には興味をそそられるような内容ではありませんでした。
前々回、前回と「中世とはなにか?」、「近世とはなにか?」ということを考えさせるような内容の書籍だったため、今回本書を手にした次第です。
 しかしながら、内容は「封建制」という学術用語?の受容史とでもいうのでしょうか、「いつから日本の中・近世史に封建制という言葉が使われ始めてきたのか」とか、その「封建制」に対するイメージの変遷であるとかそんなものを、叙述してあります。
 私としては今谷氏が考える「封建制」の概念であるとか、ヨーロッパの封建性と日本の封建性を比較した内容であれば、ずっと興味を持つことができたと思います。また、封建制の長所を現代に生かすといった提言であれば、それでも興味深く読むことができたと思います。
 ところが、本書は前述したような内容であり、どうも私には合わなかったようです。
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2009年01月05日

『日本近世の起源 戦国乱世から徳川の平和へ』渡辺京二

 今回ご紹介するのは、
   渡辺京二『日本近世の起源 戦国乱世から徳川の平和へ』洋泉社MC新書
 前回紹介した『百姓から見た戦国大名』も中世から近世への変革が一つのテーマでしたが、この『日本近世の起源』もその書名が示す通り、中世から近世への道のりを叙述したものです。
ただ、この著者の視野やもっと広いものです。時代は鎌倉時代から、現代まで、対象は戦国大名にかぎらず、寺社権力なども視野に入れております。
 もちろん言うまでもないと思いますが、これは黒田氏の著書の視野が狭いということではなく、戦国時代に的を絞ったものなのか、もっと概説的に述べるのかという著作意図の違いです。
この本は以前にハードカバーで出版されたものの新書化であるらしく、巻末に三浦小太郎氏の解説がついています。この本の内容はこの解説に要領よくまとめられているので、それを読んで購入するか決めても良いと思います。
 さて、前述したように著者の視点は中世・近世に止まらず、今現在の問題ともリンクさせているので、読了すれば単なる歴史書以上に考えさせられる部分があると思います。ただし、著者は「徳川期日本人と近代日本人とは全く異なった世界の住人である」とも述べており、過去と現代とを安直に結びつけるのは避けなければなりません。
 私が特にこの中で興味深く思えたのは、中世の法律についてです。著者は笠松宏至氏の言葉を引きながら「鎌倉幕府の裁判には、成文法であれ、慣習法であれ、判例法であれ、およそ近代の法概念をもって法と呼ぶに足るものは何一つ行われていなかった」、「あたりまえの中世人が、幕府の新しい立法事実や、さらにその法文の内容など知るチャンスは皆無にひとしく、したがって当然ながら、大半の幕府法は、社会的にはごくごく無名の存在であった」と述べているところです。まさに「目からウロコ」という感じでした。この第五章だけでも読んでいただければ、本書の面白さがわかっていただけると思います。
 以上、前回ご紹介した黒田氏の著書よりも一般の方にはこちらのほうが興味深く読めると思います(若干イデオロギー的なものに関する叙述があり、私などは閉口してしまう部分はありましたが)。
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2008年11月30日

『百姓から見た戦国大名』黒田基樹

 今回紹介するのは
   黒田基樹『百姓から見た戦国大名』ちくま新書
 まず、この書名ですが、内容と少しずれているのではないでしょうか。私はこの書名を見たとき、もっと具体的な百姓の話かと思っていました。つまり具体的な検地の方法や年貢の回収方法、徴兵の仕方、あるいはそれに対する民衆の反抗などをイメージしておりました。一昨年に買ってずっとほかしてあったのは、この書名のせいだと思います。
 しかしながら、実際に読んでみると、本書のテーマはもっと広く、「戦国時代の国(領国)の在り様」を論じたものでした。
一昔前は、戦国大名という権力者の側からしか見られず、権力者の恣意的な行動から時代が作られてきたという認識でした。しかしながら、今日では権力者といえども、民衆の意向に規定されていたというのが、トレンドとなっています。
 具体的には、従来は支配者(戦国大名)により一方的に収奪されてきたとされた年貢は、被支配者(百姓)の合意なしには納めさせることができず、また民心を失えば、大名といえども隠居を余儀なくされる、実は戦国時代とはそういう時代であったのです。
著者はあとがきで、「戦国大名を正面から取り上げた書物として、本書は一九八一年の小和田哲夫氏の『戦国武将』(中公新書)以来になると思う。実に二十五年ぶりのものになろう。その間、戦国時代研究は、戦国大名研究から、それを相対化していく戦国社会研究へと転回された。さらには権力と民衆の関係についての理解も転換され、それを支える実証研究がすすめられてきた」と述べています。「二十五年ぶり」というくだりはともかく、この言葉にこの著書の骨子が端的に述べられていると思います。
 ところで、著者は、「権力の歴史的評価をするうえで、税金収取の問題は根幹ともいえる重要問題である。それを前後の権力、同時代の他の権力との充分な比較のうえでなさなければならない。にもかかわらず、信長・秀吉については、実態がよくわからないのに、その側面を捨象したまま、近世社会の原型と評価し続けることには、よくよく慎重であるべきであろう。そして北条氏の領国支配の内容をみていくと、それこそ近世社会の原型といって差し支えのないものである」と指摘しています。近年の信長の過剰な程の高評価に対する警鐘として、非常に重要な指摘だと思います。
タグ:黒田基樹
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2008年08月25日

『戦国時代の諏訪信仰』笹本正治

 これもマニアックな本だなぁと思いながら読んでみました。今回は
   笹本正治『戦国時代の諏訪信仰』新典社新書
です。
 書名はマニアックなものですが、文章や内容は平易で読み易かったです。
 さて、この本の内容ですが、本書は、諏訪大社の蓮池が血で染まった事件を縦糸に、諏方社にまつわる習俗を解説しております。よって、歴史学というより、副題の「失われた感性・習俗」が示すように、民俗学の本といった方が適切でしょう。
 もちろん、武田氏との関係についても一章を設けて解説してありますが、そのボリュームは大きくありません。
 私としては、「諏訪氏と神長官守矢氏などとの関係」や「武田氏がその権力体系の中に、どのように諏方社を位置づけたのか」などの政治史的なものを期待していたのですが、そのような内容はほとんどありませんでした。
 しかしながら、民俗学の本として読むと非常に興味深いのではないでしょうか。特に本書は「戦国時代」に時代を限定していますが、通史的にその時代時代の心性の変化などを通読できれば、かなり興味深いものになるような気がします。
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2008年08月19日

『軍需物資から見た戦国合戦』盛本昌広

 通勤電車の中で読めるものということで、新書の中から脈絡なく
   盛本昌広『軍需物資から見た戦国合戦』洋泉社
を読んでみました。
 まず、こういったマニアックな内容の本が新書で発売されることが驚きでした。いくら戦国時代が好きでもそこまでは…、と思ったわけです。
 しかし、最後まで読み通すと、要は人間と環境との関わり方の一断面として、戦国時代に焦点をしぼっただけであって、その内容は単なる戦国史研究よりずっと普遍的なものであることがわかりました。
よって、歴史好きの人以上に環境問題に関心をもっている人に薦めたい本です。書名にある「戦国合戦」のいう文言が返って読者層を限定してしまうような気がしてなりません。
 内容の詳細については、類書を読んだことがないのでわかりません。しかしながら、古文書を調べてゆくと、いわゆる軍忠状などより、竹林の保護などに関するものの方が、圧倒的に多いと感じます。その理由が本書によってわかったような気がします。
 ところで、武田氏が使用した獅子朱印について「獅子朱印は竹木徴発目的に限定したものであり、内容により朱印の使い分けが行われたことを示している」(P149)とありますが、以前紹介した『戦国期 印章・印判状の研究』では柴辻俊六氏の説を引き、「獅子朱印の用途については、領国内での諸公事・諸納物の徴用に限定されていると指摘している」としています。どちらが正しいのでしょうか、それともどちらも矛盾しない内容なのでしょうか。あとで調べてみたいと思います。
タグ:環境問題
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2008年08月17日

『浅井氏三代』宮島敬一

 前々回・前回と佐々木哲氏の六角氏についての書籍だったこと、また浅井久政を六角氏の庶子とする説があることなどを知ったため、今回は
   宮島敬一『浅井氏三代』吉川弘文館
を読んでみました。
 まず、佐々木哲氏の著書との比較で言えば、浅井久政を六角氏の庶子とする説には触れておらず、六角義堯を六角義治と同一人物として扱っていること(P260)など、六角氏関連の著作も多い著者ですが通説を採用しているようです。
 ところで、本書の主題は、浅井氏三代の権力基盤の問題を詳述していることです。浅井氏が国衆や村落間の調停者としての地位から興ったとする見解は興味深いものです。用水相論への浅井氏の関わり方や「小谷の饗応」において平和裏に浅井氏権力を認めさせたことなどからは、浅井氏的な権力の台頭は必然であったようにも感じられます。
 さらに、著者が述べるように、従来の戦国大名像が東国(辺境?)などを中心に論じられ、それが全てと思われてきただけに、著者の指摘はたいへん貴重なものといえるのではないでしょうか。
 一方、浅井長政とお市との婚姻の時期の問題や、織田信長への離反の理由などについてもしっかり言及していますので、アカデミックな権力論などに興味のない人にも面白く読める本だと思います。
 ちなみに、「はしがき」で「浅井」を「あざい」と濁って読むより、「あさい」と清音で読む方が正しいとしていますが、これも私にとっては驚きでした。
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2008年08月15日

『系譜伝承論−佐々木六角氏系図の研究』佐々木哲

しばらく間があいてしまいましたが、今回は前回のご紹介した本の続編ともいうべき
   佐々木哲『系譜伝承論−佐々木六角氏系図の研究』思文閣出版
です。
 前書では六角氏の人物一人一人について概略を述べていましたが、本書では六角義実、義秀、義堯、義郷の4人に絞って述べています。当然、内容は前書の焼き直しの感もありますが、叙述の分量が増えた分だけ、当然発給文書などの掲載など詳細な説明となっています。
 私としては、各人の発給・受給文書の一覧をつけていただければ、検証もし易かったと思いますので、その点は多少残念に思います。
 著者の指摘が的を得ているのかどうかは、わたしは不勉強故、わかりませんが、@『万松院殿穴太記』の著者は六角義秀である、A武衛侍従を左衛門侍従豊臣義康と同一人物であるというとする著者の指摘については、反論もあるようです。
 ttp://d.hatena.ne.jp/muxia/20080123
 とはいえ、上述の4人が実在していたことは、間違いないと思いますので、今後研究が進展してゆくことを期待せずにはおれません。
 ところで、「はじめに」の数ページはともかくとして、序章の「歴史学方法論」で60ページに渡り、さらに「おわりに」でも20ページに渡って、歴史研究の方法論について考察されている部分は、人によっては冗長に感じられるかもしれません。しかしながら、著者は一方では哲学者でもありますので、歴史的叙述よりもむしろこの「方法論」の方が主題なのかもしれません。
 とはいえ、系図研究の変遷などについて概略が述べて出る部分等は、私は寡聞にして知らなかったので、非常に興味深かったです。
 つまり、系図で上位世代は単線的に記され、下位世代になるほど成員が増加する三角形の形をとっているのは、中世前期までは職掌継承を中心とする非血縁の相伝系図が多く、それらが単線的な系図であり、逆に中世後期に血縁優先のイエ系図へと系譜意識が変遷したことから、それを無理やり繋げたため、上位世代が単線的で下位世代が三角形という形の系図が成立したのだとしています。
 また、網野善彦氏の西日本型の系図には女系の記述が多いこと、義江明子氏の竪系図と横系図の違い、系線の引き方・曲げ方、人名の形式などの表記形式がそれぞれ意味を持っていることを指摘していることを紹介しています。
 このような系図についての考え方は、どうしても系図について軽視しがちであった私にとって非常に考えさせられるものでした。
 もう一点、ここでも『上杉本洛中洛外図屏風』についての指摘がありました。それは公方邸に張られた陣幕に六角氏の四目結紋が描かれていることから、六角氏が屏風を上杉氏に送ったものと考えることもできるという指摘です。さらに著者は「六角義堯が反信長同盟を築くにあたって三好甚五郎と連絡をとり、天正六年(一五七八)正月には阿波・淡路の兵を率いて和泉堺に上陸していることから、細川・三好氏の邸宅が描かれていることについても説明できる」と述べています。
 天正六年という年次はともかく、公方邸に六角氏の紋所が描かれているのは興味深い指摘だと思います(前に紹介しました今谷氏の著書にも指摘はありませんでした)。
 以上、六角氏をいささか過大評価しているように感じられますが、一方で従来の評価は低すぎるという感もありますので、その意味で貴重な本だと想います。
posted by 天王寺屋 at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする