しばらく間があいてしまいましたが、今回は前回のご紹介した本の続編ともいうべき
佐々木哲『系譜伝承論−佐々木六角氏系図の研究』思文閣出版
です。
前書では六角氏の人物一人一人について概略を述べていましたが、本書では六角義実、義秀、義堯、義郷の4人に絞って述べています。当然、内容は前書の焼き直しの感もありますが、叙述の分量が増えた分だけ、当然発給文書などの掲載など詳細な説明となっています。
私としては、各人の発給・受給文書の一覧をつけていただければ、検証もし易かったと思いますので、その点は多少残念に思います。
著者の指摘が的を得ているのかどうかは、わたしは不勉強故、わかりませんが、@『万松院殿穴太記』の著者は六角義秀である、A武衛侍従を左衛門侍従豊臣義康と同一人物であるというとする著者の指摘については、反論もあるようです。
ttp://d.hatena.ne.jp/muxia/20080123
とはいえ、上述の4人が実在していたことは、間違いないと思いますので、今後研究が進展してゆくことを期待せずにはおれません。
ところで、「はじめに」の数ページはともかくとして、序章の「歴史学方法論」で60ページに渡り、さらに「おわりに」でも20ページに渡って、歴史研究の方法論について考察されている部分は、人によっては冗長に感じられるかもしれません。しかしながら、著者は一方では哲学者でもありますので、歴史的叙述よりもむしろこの「方法論」の方が主題なのかもしれません。
とはいえ、系図研究の変遷などについて概略が述べて出る部分等は、私は寡聞にして知らなかったので、非常に興味深かったです。
つまり、系図で上位世代は単線的に記され、下位世代になるほど成員が増加する三角形の形をとっているのは、中世前期までは職掌継承を中心とする非血縁の相伝系図が多く、それらが単線的な系図であり、逆に中世後期に血縁優先のイエ系図へと系譜意識が変遷したことから、それを無理やり繋げたため、上位世代が単線的で下位世代が三角形という形の系図が成立したのだとしています。
また、網野善彦氏の西日本型の系図には女系の記述が多いこと、義江明子氏の竪系図と横系図の違い、系線の引き方・曲げ方、人名の形式などの表記形式がそれぞれ意味を持っていることを指摘していることを紹介しています。
このような系図についての考え方は、どうしても系図について軽視しがちであった私にとって非常に考えさせられるものでした。
もう一点、ここでも『上杉本洛中洛外図屏風』についての指摘がありました。それは公方邸に張られた陣幕に六角氏の四目結紋が描かれていることから、六角氏が屏風を上杉氏に送ったものと考えることもできるという指摘です。さらに著者は「六角義堯が反信長同盟を築くにあたって三好甚五郎と連絡をとり、天正六年(一五七八)正月には阿波・淡路の兵を率いて和泉堺に上陸していることから、細川・三好氏の邸宅が描かれていることについても説明できる」と述べています。
天正六年という年次はともかく、公方邸に六角氏の紋所が描かれているのは興味深い指摘だと思います(前に紹介しました今谷氏の著書にも指摘はありませんでした)。
以上、六角氏をいささか過大評価しているように感じられますが、一方で従来の評価は低すぎるという感もありますので、その意味で貴重な本だと想います。